頭で選ぶ正しさより、体が感じる心地よさに戻る

「これをやるのが正しい」
「こうするのが、きっと周りのためになる」

そんなふうに、いつも誠実に考えて、
できるだけ良い選択をしようとしてきた。

そうやって生きてきた人ほど、
ふとした瞬間に
「このままでいいのかな」
と、言葉にならない揺れを感じることがあります。

大きな違和感ではなく、
ほんの小さな引っかかりのようなものです。

これまで自分を支えてきた「正しさ」と、
体が感じていることが、
少しずつ重ならなくなってきたとき、
その揺れは生まれてきます。

目次

頭で考えることが先になると

私たちの頭の中には、
日々たくさんの言葉が流れています。

次はこれをしなければ。
こう振る舞うべき。
ちゃんとしていたほうがいい。

責任感がある人ほど、
そんな声が途切れずに流れているかもしれません。

その思考は、
これまでの自分を支えてきたものでもあります。

だから、それをなくそうとすると、
怖さが出てくることもあります。

けれど、
その声が強くなりすぎると、
肩や首のこわばり、
浅くなった呼吸、
立ち止まりたくなる感じのような、
体の小さな反応に気づきにくくなります。

たとえば、

なんだか肩に力が入っている。
呼吸が浅い気がする。
本当は、少し休みたい。

そういうとき、
体はすでに反応しています。

頭ではまだ大丈夫だと思っていても、
体のほうは無理や緊張を先に受け取っています。

体は、先に知っている

でも、正しさを優先して生きていると、
たとえ体が「休みたい」と反応していても、
私たちは「正しいかどうか」で選ぼうとしてしまいます。

正しいかどうかで選ぶと、
基準は外側に向きやすくなります。

人からどう見えるか。
間違っていないか。
ちゃんとしていると思われるか。

けれど、
心地よいかどうかは、
外ではなく、自分の体にしかわかりません。

それは気分に流されることではなく、
今の自分に無理が出ていないかを知る感覚です。

体の感覚に戻る

必要なのは、
新しい知識を増やすことでも、
無理に自分を変えることでもありません。

外に向き続けていた意識を、
体の感覚に戻していくことです。

たとえば朝、
あたたかい飲み物を手にしたとき、
手のひらに伝わる温度を感じてみる。

歩いているとき、
足の裏が地面に触れている感じに気づいてみる。

椅子に座ったとき、
背中や腰が支えられている感覚を受け取ってみる。

風の音や生活音、
あるいは音叉の響きにふれながら、
体の内側がどう反応するかを感じてみる。

ただ、
いま体がどう感じているのか、
そこに触れていく。

それだけで、
張っていた力が少しずつゆるみ始めます。

自分に戻るということ

「正しい答え」はひとつに絞られやすいけれど、
心地よさには幅があります。

少し楽になる。
少しゆるむ。
少し呼吸が深くなる。

そのくらいの小さな変化でも、
体はちゃんと受け取っています。

自分に戻るというのは、
特別なことではなく、
体が感じていることを、
そのまま受け取っていくことなのかもしれません。

今日、「あ、少し楽かもしれない」
と体が感じる瞬間を、ひとつ見つけてみる。

その小さな感覚の中に、
自分のリズムは少しずつ戻ってきます。

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