不平不満に気づいたとき、心はゆるみはじめる

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不平不満は、気づけば心の中にあるもの

日々、職場や家庭で役割をこなしていると、
頼まれたことを断れずに引き受けていたり、
周りに気を配って動いているうちに、
自分のための時間が少なくなっていく。

そんな中で、ふと
「どうして私ばかり?」
「もっとこうしてほしいのに」
という思いが浮かんできます。

気づけば、
自分の選択が間違っていたのではないかと揺れたり、
他の人を見て、
うらやましさがよぎることもあるかもしれません。

こんなふうに、わたしたちは
日常の中で気づかないうちに不平不満を抱えています。

不平不満をなくそうとすると、重くなる理由

不満があること自体は、特別なことではありません。
けれど、不満があると気持ちは重くなります。

だから、愚痴をこぼしたり、気分転換をしたりして、
なんとかやり過ごそうとします。

あるいは、
「こんなふうに思ってはいけない」と抑えたり、
「どうにかしないと」と解決しようとすることも
あるでしょう。

けれど、不満を解決しようとするほど、
意識はその問題にとどまり続けます。

「なくすべきもの」として扱うことで、
かえってその存在を強めてしまうからです。

不平不満の入り口は「事実に触れること」

今、不満がある。
それはひとつの事実です。

まずは、「そう思っている」という状態を
そのまま受け取るところからはじまります。

そして、不平不満を感じた場面を思い出したとき、
体がどう反応しているかに意識を向けてみます。

「どう解決するか」ではなく、
今、起きていることにとどまる。

ここから、内側にゆるみが広がっていきます。

体の感覚に触れると、思考は静かになる

不平不満がある場面をイメージしたとき、
体はどう反応するでしょうか。

胸のあたりに、少し詰まるような感覚。
重たさや、広がらない感じ。

あるいは、お腹の奥に落ちるような感覚。

どんな感覚でも、そのまま気づいていきます。

変えようとしなくていいし、消そうとしなくてもいい。
ただ、ここにあると気づいている。

そうして感覚に触れていると、
外にあると思っていた問題が、
内側の感覚として感じられてきます。

すると、思考の動きは
少しずつ静かになっていきます。

不満は「問題」としてではなく、
ただの感覚としてそこにあるだけになります。

変えようとしないときに、ゆるみは起こる

不平不満をなくそうとしているとき、
わたしたちは「このままではダメだ」と、
どこかで自分の内側を否定しています。

そこから、
よい状態に変えようとする動きが生まれます。

けれど、判断せずに感覚に触れていると、
変えようとしなくても、
変化は自然に起きていきます。

そのとき、内側ではゆるみが広がっています。

何かを変えようとするのではなく、
起きていることに手を加えないまま、
ともにいること。

その関わりの中で、
固まっていた思いや感情は
やわらかくほどけていきます。

見方がほどけると、問題は自然と退いていく

ひとつの見方にとらわれているとき、
出来事は問題として立ち上がります。

けれど、その見方がほどけると、
問題だったものは
自然と背景に退いていきます。

解決したから軽くなるのではなく、
関わり方が変わったことで、
重さがほどけていく。

気づいたときには、少し軽くなっている。
その変化は、とても静かに起こります。

不平不満の奥にある、静かな時間へ

不平不満があること自体が問題なのではなく、
それとどう関わっているのか。

その奥には、言葉になる前の感覚があります。
そこにそっと触れる時間。

その静けさの中で、
これまで見えていなかったやわらかな現実が
現れてきます。

Natural Flowでは、
内側の感覚に静かに触れていく時間を
大切にしています。

セッションの詳細はこちらをご覧ください。

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