ちゃんとしてきた人へ 揺らぎの中でいるという選択


責任感が強い人は、
いわゆる「長女気質」と言われることがあります。

実際に長女だったかどうかは関係なく、
気づくと場を見て、先回りして、
「ちゃんとしよう」としてきた人。

誰かが困らないように。
物事が滞らないように。
自分が崩れないように。

それが当たり前になると、
なぜ自分がちゃんとしようとしているのかに、
あらためて疑問を持つことは、あまりありません。

目次

「ちゃんとしたい」が前提になっていた

私自身も、長女気質で、
「ちゃんとしたい」という思いを
長いあいだ抱えていました。

あるとき、
カウンセリングを受けている中で、
自分の口から 「ちゃんとしたい」という言葉が
何度も出てくることに気づき、
少し驚いたことがありました。

そんなふうに思って
生きてきた実感はなかったのに、
心の奥には、
「 しっかり者の私でいなければならない」
という前提があったのだと思います。

責任感が強い人は、
知らず知らずのうちに、
この前提を抱えて生きています。

それは、生きるうえでの支えでもあり、
同時に、
静かなプレッシャーにもなっていきます。

手放すよりも、問いを持つ

では、 「ちゃんとしよう」という思いを
手放せばいいのかというと、
それは簡単なことではありません。

長い時間をかけて、
自分の一部として身につけてきた
在り方だからです。

そんなとき、
無理に変えようとするよりも、
ひとつ有効なことがあります。

それは、 自分が信じてきた思いに、
そっと疑問を向けてみること。

どうして私は、
こんなにもちゃんとしようとしてきたのだろう。

この問いは、
答えを見つけるためのものではありません。

今、握りしめている手を、
少しゆるめるための問いです。

「どうしてなんだろう」と
立ち止まっているとき、
私たちはすでに、
いつもの立ち位置から
少し降りているのかもしれません。

揺らぎは、怖くて自然なもの

責任感が強い人は、
自分を管理する力がとても高い。

しっかり者の自分。
ちゃんとしている自分。
期待に応えてきた自分。

そうした自己イメージを、
時間をかけて積み上げてきました。

だから、それを揺らすような問いは、
安心していた足場を 不安定に感じさせます。

揺らぎは、
ちゃんとしてきた人にとって、
とても居心地が悪いものです。

今の立ち位置がはっきりしないと、
「ちゃんとした私」という輪郭が、
少しずつ揺らいでいくからです。

だから、 また元の場所に戻ろうとする。

しっかりしなきゃ。
ちゃんとしなきゃ。
揺れている場合じゃない。

そんなふうに
自分を奮い立たせてきた経験が、
ある人もいるかもしれません。

この反応も、 間違いではありません。

ただ、 それを繰り返しているうちに、
心が疲れてしまうこともあります。

揺れているまま、ここにいるという選択

私自身、 何かが変わるときには、
いつも揺らぎの時間がありました。

揺らぎの中にいるという選択は、
ぶれているように感じるかもしれません。

けれどそれは、 投げ出すことでも、
立ち止まることでもなく、
これまでの自分に急いで戻らなくてもいい
という選択なのだと思います。

思考は、 早く答えを出して、
揺らがない自分に戻りたがります。

それでも、 揺れているまま、
今の感覚と一緒にいるとき、
背中に背負ってきた責任感や
「管理しなければならない」
という重さから、
少し距離が生まれることがあります。

ちゃんとしている私を、
すぐにやめるのは怖い。

だから、 やめようとしなくていい。

ただ、 その在り方しか選べなかった自分に、
静かに気づいていく時間が、
あってもいいのかもしれません。

それは、 本当に自分が望んでいる在り方を、
まだ言葉にならないまま、
そっと感じてみる時間なのだと思います。

心を見つめるための対話の時間

ひとりで考えていると、
また無意識に 元の立ち位置へ戻ってしまう。

思考がぐるぐるしてしまう。

そんな方に向けて、
メールでの対話の時間を用意しています。

答えを出すためではなく、
今の感覚と一緒にいながら、
心を静かに見つめていく時間です。

詳細はこちら

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