場を感じてしまう私が、背負ってきたもの

はじめに

日常の中で、こんな感覚はありませんか。

・人と一緒にいると、理由ははっきりしないのに疲れてしまう
・場の緊張を先に感じ取り、心がざわつく
・困っている人を見ると、放っておけない

もしこうした体験があるなら、
あなたは日常的に、
自分がいる場の雰囲気を感じながら
生きているのかもしれません。

それは多くの場合、
自覚的に選んでいるというより、
気づいたら、そうしてきた、
という感覚に近いものです。

目次

場に敏感な人が抱えやすい前提

場に敏感な人は、
人や空気の変化を、とても早く察知します。

そのため周りからは、
「気が利く人」
「頼りになる人」
として見られることも多いでしょう。

けれどその裏側で、
「この場の空気が乱れないように」
「自分が何とかしなければ」
という思いを、
知らないうちに握りしめていることがあります。

それは、
空気を感じ取れるからこそ
自然に生まれてきた考えです。

ただ、いつの間にか
場を整えることが
自分の役割になってしまっている
のかもしれません。

思考を使って先回りし、
合わせ、調整し続けていると、
知らないうちに疲れが溜まっていきます。

それでも、
「やめよう」と思って
簡単にやめられるものではありません。

それは性格というより、
長い時間をかけて
身につけてきた在り方だからです。

自然体でいるとき、何が起きているか

場に敏感な人が、
その人らしさを取り戻しているのは、
何かを考えているときではなく、
自然体でいるときです。

身体がゆるみ
呼吸が深くなり
思考が少し静まっている

そんな状態のとき、
場を「どうにかしよう」とはせず、
その場に溶け込むように在っています。

すると不思議なことに、
場の空気が落ち着くことがあります。

何かをしたからではなく、
ただ、そう在っているだけで、
周りも同じ状態に
引き戻されていくように。

背負っていた役割を下ろすことは、
自然体の私に戻る入口
なのかもしれません。

おわりに

安心をもたらす人は、
目立つこともなく、
評価されることもないかもしれません。

けれど、
場を整えようとしなくなったとき、
自然と生まれる静けさがあります。

もしかしたら、
あなたがこれまで担ってきた役割も、
少し緩めていい時期なのかもしれません。

「場を感じてしまう私」は、
何を守ろうとして、
ここに立ってきたのでしょう。

Natural Flowが大切にしている時間

Natural Flowでは、
音の響きで身体をゆるめること
対話を通して、前提に気づいていくこと

この両方を大切にしています。

外に合わせ続けてきた感覚が、
少しずつ内側に戻ってくると、

「場を整えなきゃ」ではなく
「今、私はどこに立っているだろう」

そんな問いが、
自然に生まれてきます。

対話は、
答えを出すためではなく、
その問いと一緒に在るためにあります。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次