心を整えようとしても、変わらないと感じるとき

心の中が波立つとき、
私たちは、波をしずめようとします。

体をさすったり、
自分に安心できるような言葉をかけたりして、
平常な状態に戻ろうとする。

それはとても自然なことです。

けれども、
そうやって一度は落ち着いたように感じても、
しばらくするとまた同じような不安が現れる。

そんな繰り返しを感じたことはないでしょうか。

この記事では、
なぜ整えても変わらないように感じるのか、
そして、少し違う関わり方についてお伝えします。

目次

なぜ整えても、また不安が戻ってくるのか

整えようとするとき、
私たちは「今の状態はよくない」
という前提で見ています。

よくないから、よい状態に向かおうとする。
だから、整えようとする動きが起こります。

この「よくないから整える」という前提があると、
一度落ち着いても、
また同じ感覚が気になりやすくなります。

心はもともと変わり続けている

私たちは、
いつもよい状態でいたいという願いを、
どこかで持っています。

けれど、
心はいつも同じ状態でい続けることはできません。

お天気のように、
晴れの日もあれば、雨の日も、曇りの日もある。
嵐のような日もあります。

同じように、
嫌なことを言われれば腹が立ち、
気の合う人といれば楽しくなる。

そのときどきで、
いろいろな感情が現れては、変わっていきます。

そうして見ていくと、
いまの状態を「整っていないもの」と
決める必要があるのか、
少し見え方が変わってきます。

整えないという関わり方

ここで、一つの関わり方があります。

それが、あえて整えないということです。

整えない、というのは、
無視することではありません。

いま起きていることを、
そのままの形で見ていく、ということです。

怒りで体が熱くなっているなら、
その熱さ。

焦ってあたふたしているなら、
その内側の緊張。

それを
「どうにかしなければいけないもの」
としてではなく、
いまそう現れているものとして、
そのまま感じていきます。

関わり方が変わると、見え方も変わる

現れているものを変えようとせず、
そのまま見ているうちに、
少しずつ関わり方が変わっていきます。

整えようとしているときは、
怒っている私、焦っている私、という位置にいます。

けれど、整えようとしないとき、
その状態に気づいている感覚が
見えてくることがあります。

この視点が生まれると、
「整っていないといけない」という力がゆるみ、
内側の感覚は自然に変わっていきます。

整えようとするときには、
どうしても「よい状態にしたい」という
コントロールが働きます。

けれど、気づいているときには、
そこにコントロールはありません。

だからこそ、
触れているうちに、ほどけていく。

その変化はとても静かですが、
内側の見え方を、少しずつ変えていきます。

整えようとするのではなく、
そのまま見ていく。

その関わり方の中で、
変化は自然に起きていきます。

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「音叉と気づきの対話」では、
今のあなたの中に起きていることを、
そのまま一緒に見つめていく時間を
大切にしています。

そのプロセスの中で、
心に余白が生まれ、
本来の自然なリズムが戻ってきます。

もしよければ、
静かな対話の時間を持ってみませんか。

セッションについてはこちらをご覧ください。

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